カテゴリ:Letter to Okasan( 10 )

Friday 21 February 2014

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禅寺に行く。まだ月が明るく暗い道中を照らす。坐禅会が終った後、ご住職が参禅者に言われた。『観念を捨て捨てること。坐禅は心のリハビリ 柔軟心。道元さんはにゅうなんしんと言った』

固定観念という言葉がある。物事に対する考え方が固まっていることだ。その心をリハビリして行き柔軟な心になれと解釈。真観は書家相田みつをの言葉を思い出した。「張りすぎてもダメ たるんでもダメちょうどいい あんばいのときにちょうどいい あんばいの音が出る (琴の糸) 「せとものとせとものと ぶつかりっこするとこわれてしまう どちらか やわらかければ だいじょうぶ やわらかい こころを 持ちましょう」

こう言ったご住職の教えは日常生活でどう役立てるか?それが理屈では分っていながら出来ない時もあれば柔軟心で切り抜けれる時もある。これをどんな時でも出来る様になれば良い。

「小千谷」のおかあさんを偲ぶ思い出話を日記にUPしていなかったので今日振り返りながら書いた。これには時間が掛かった。おかあさんの49日は今月末だと思う。真観は、おかあさんの供養を込めて書いた。今おかあさんは中陰にいる。おかあさんとも時々喧嘩したなぁと真観は思い出した。大正生まれの女性だし負けん気が強かった。真観は、自分自身も振り返った。ことあるごとに喧嘩をして来たなぁ、と。さて最近はどうだろう?喧嘩と言う喧嘩は殆ど無くなっている。例の漏れず歳の重なるに連れ丸くなって来ている。若い頃、よく真観は言っていた。『角ばった自分がただ丸くなるんじゃ丸が小さくなっちゃう。角を埋めて大きな丸を作りたい』と。まあご立派な意見である。でもそうなれば尚いい。

ZenZine Volume 55を作った。昨日も作ったがまだセブンイレブンでコピーはしていない。「一日一ZenZine/禅人」のアイディア悪くないと思う。来期学校を続けるか分らないがそれまでに100部作れる様に頑張ろう。というか「一日一ZenZine/禅人」では間に合わないのではないか!?でも出来るところまで頑張ろう!

坐禅会の後の帰り道またセキレイ?に出会った。
明日もいるといいなと真観は思った。
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Tuesday 11 February 2014

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Tuesday 11 February 2014

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2014年1月9日(木)夜10時4分、おかあさんが92歳で亡くなった。おかあさんは、自分の母のことではない。ハルオは、26歳の時人生のターニングポイントを迎えた。それはカメラマンになる修行を始める時だった。キーパーソンは、カナダ人のジョン。ジョンとの出会いは、ハルオが当時勤めていたカメラ量販店(24〜26歳)でのことで販売員(ハルオ)とお客(ジョン)の関係から始まった。そのジョンにカメラマンになりたいと伝えるとジョンはある女性を紹介してくれた。その女性は、ハルオが師事する事になったカメラマンGが手掛けていた雑誌の編集者をしていた。ハルオは、ジョンを介してその女性と会いまもなくカメラマンGを紹介してもらい彼の元で働きながら写真を学ぶことになった。

ハルオは、当時国分寺に住んでいた。カメラマンGの仕事場は中目黒にあった。一方ジョンは中目黒に近い下北沢のアパート「葉隠荘」に住んでいた。そのアパートは、いわゆる外人ハウスで管理人がいなくある意味無法地帯のアパートだった。そのアパートがあった敷地内におかあさんが営む一杯飲み屋「小料理 小千谷」があった。ハルオは、国分寺のアパートをキープしながら葉隠荘(3畳部屋)に移り住んだ。そしておかあさんと出会った。おかあさんは、当時70歳だった。1991年のことだ。「小千谷」とはおかあさんの生まれ故郷新潟県小千谷のことだ。「小千谷」カウンターに5席ほどの小さい飲み屋でおかあさんが一人で切り盛りしていた。メニューは、300円と600円のみ。瓶ビール(大瓶)500円。おかあさんは、自分のことを『昔はあばずれ、今は聖母マリア』と言った。そして『おかあさん』と呼んでと言われる。おかあさんは、外国人しかいない葉隠荘に日本人がやって来たことが嬉しかったのだろうかハルオとおかあさんはすぐに打ち解けて仲良くなった。「小千谷」は夕方から12時まで営業していたので仕事が遅くなった時でもお店は開いていてよくハルオはおかあさんに会いにお店に寄った。おかあさんは昔の下宿屋のおばちゃんみたいな存在だった。おかあさんは世田谷区に住まいがあり旦那さんと暮らしていたが葉隠荘にも1室部屋を持っていた。その部屋はジョンの部屋(6畳部屋)の隣りだった。ジョンもハルオも20代後半の血気盛んな時期で週末となればどこからともなく外国人たちがジョンの部屋に集まりテクノミュージック(後にトランス)を聞いて騒いだ。ボロアパートの葉隠荘だから音は筒抜けでおかあさんは最年長でテクノを聞いていたことになるだろうか。聞くだけならともかくその音はおかあさんには不快でよくジョンの部屋に来て『うるさいよ〜』と注意に来た。

「小千谷」には、常連のお客さんがたくさんいて当然おかあさんのファンでもあった。おかあさんが道で拾った鶏をカゴに入れて飼っていた時があった。そのカゴは「小千谷」の店先に置いてあってある日おかあさんはそのコメコと名付けた鶏を写真に撮っている女の子Aと出会う。そして「うちにも写真を勉強しているハルオ君という子がいるよ』と伝えハルオはその女の子と「小千谷」で会った。ハルオは、その女の子を気に入りやがて2人は付き合う様になった。おかあさんは愛のキューピッドをし他にもおかあさんがお客さんとお客さんの縁を取り持ち結婚までしたカップルがいた。ハルオには、18歳で上京して以来2番目に仲良くなったTという友人がいるがそのTも「小千谷」が気に入り常連になった。そのTもやはり常連だった女性と恋に落ちその縁は今でも続いている。

ハルオが葉隠荘にいた期間は3年間だったがその間に「小千谷」が30周年を迎えた。近くの北沢八幡宮の宴会場を借りて大勢の人が集まり盛大に開催された。おかあさんは、得意のかっぽれを踊った。おかあさんはハルオに葉隠荘の外観写真を撮ること依頼しその写真を使い記念テレフォンカードを作った。おかあさんが何かの病気になり病院に入院した。それは大したことではなかったが退院の日ハルオはおかあさんに頼まれて迎えに行った。当時ハルオは400ccのバイクに乗っていておかあさんをシートの後ろに乗せて葉隠荘まで連れ帰った。そのことは後々までもおかあさんの記憶に残っていて時折そのことを懐かしんでハルオに話した。

「小千谷」には焼き飯というメニューがあってとても美味しく量がありハルオはよく好んで食べた。他には、刺身や漬け物、焼き魚等のメニューがあった。時折ハルオが朝仕事に出掛けると葉隠荘の入り口におかあさんからハルオに宛てたメモがありお店で残ったメニューの焼き飯やおにぎり、惣菜、を詰めてハルオに弁当を持たせてくれた。おかあさんは"お母さん"だった。ハルオは、バイクで交通事故に遭い肩甲骨と鎖骨を折って入院したことがあった。その際にはハルオの母も看病にやって来たのでハルオの母とおかあさんは顔を合わせている。その後年賀状のやり取りも続く。

ハルオが葉隠荘に住んで約3年後葉隠荘が取り壊しになる話が進められていた。丁度ハルオはカメラマン修行も終えた頃で立退料を大家の代理から30万円貰って早々に羽根木公園の近くのアパートに引っ越しをした。その後も暫く葉隠荘も「小千谷」もそのまま健在だったが遂に取り壊しをする時がやって来た。おかあさんが75歳前後のことだろうと思う。ハルオは、葉隠荘が取り壊される日、ドキュメント写真を撮った。その後まだ元気だったおかあさんは世田谷区上町駅近くの商店街に「小千谷パート2」を開店させた。ハルオは、定期的におかあさんに会いに行った。さてその店が何年続いたか?2〜3年?ハルオには記憶にない。下北沢という好条件にあった時に比べ上町ではお客さんが少なくなっていた。それでもおかあさんはお店を続けたかったんだと思う。

おかあさんは、水泳を好んで良くプールに出掛けていた。『ハルオ君、今度私が泳いでいるところを撮って』とおかあさんに言われたことがあったが実現には至らなかった。『小千谷パート2』が終りかけた頃、おかあさんは、自分史を書いた。その文章を常連のお客さんたちが小冊子に纏めた。その中にハルオについての話を書いてくれた。

2006年、ハルオは、写真展「十人十ゑろ」を開催した。しばらくおかあさんとは会っていなかったがおかあさんに写真展の話をすると行きたいと言ってくれた。しかしおかあさんは足が悪くなっていて自力では来れない。ハルオは、タクシーをチャーターしておかあさんの送迎をした。「十人十ゑろ」は10人の女性の素肌(殆どがヌード)をキャンピングテントの中で撮影した作品だった。その後おかあさんとのやり取りは年賀状や時折の電話で続いて行った。

2008年、ハルオは25年間住み慣れた東京から静岡に引っ越しをした。この年の前後(記憶が乏しい)におかあさんに会いに行った。場所は下北沢から近い世田谷区の淡島通り付近の喫茶店。おかあさんの住まいは一戸建だったがとても小さく人を迎い入れるには難があった。おかあさんの足は更に悪くなっていた。その時は、ハルオはおかあさんがキューピッドをして付き合うことになった女の子Aと行った。Aとのお付き合いは半年も続かなかった。しかし元々Aはカメラマンになりたかった女の子でハルオに触発されてか付き合っている頃から写真学校の夜間部に通い晴れてカメラマンになっていた。ハルオとAは、友達として連絡を取り合っていたのでいい機会と一緒におかあさんに会いに行ったのだった。ハルオは、写真を撮って後でおかあさんにその写真を額に入れて贈った。おかあさんはその後世田谷の住まいをそのままにして小千谷に近い新潟県長岡市に身を寄せた。始めはおかあさんだけでその後旦那さんも。

2011年、おかあさんからハルオに手紙が届いた。その日は偶然にもハルオの誕生日だった。手紙が入った封筒には、現金2万円と写真も入っていた。その時何故現金が入っていたのか分らずハルオは、誕生日プレゼントだと勝手に思った。(しかしそれは後で気付いたが新潟までの往復の交通費だった。)そして写真だがそれが驚いたことにおかあさんのヌード写真だった。おかあさんが50〜60歳位の頃の温泉の露天風呂に入っている写真で下半身はタオルで隠れていて上半身は裸で乳首は見えそうで見えてはいなかった。手紙に『ハルオ君の個展か何かに出せるんじゃないかと勝手に考えました。自分のうぬぼれかも知れないけどそんな風に役立てて下さい。お願いします』とあった。随分大胆だなとハルオは驚いた。ハルオは、この時以前プールの写真を撮ってとリクエストされたことを思い出した。

手紙を貰った後中々新潟までおかあさんに会いには行けなかった。
ハルオは、それがはがくゆく気になっていたのでおかあさんに会いに行く決意をする。
おかあさんに貰った交通費2万円を使い時がやって来たのだ。

2013年春、
その旨をおかあさんに伝えようと身を寄せていた新潟県長岡市のお宅に電話すると旦那さんが危ないからまたの機会にして欲しいと言われ延期した。おかあさんには2人のお子さんがいて長女さんは大阪に住んでいて息子さんはすでに亡くなっていた。その息子さんの奥さんがおかあさんと旦那さんの世話をしていたのだ。間もなく旦那さんは亡くなられた。そして10月の始め、おかあさんに会いに静岡から車で出掛けた。久しぶりに会ったおかあさんは、すでにガンに侵されていた。部屋の中で2時間ほど話した。写真も撮った。しかしおかあさんの笑顔は撮れなかった。おかあさんは、長年の伴侶だった旦那さんが亡くなり生きることよりも死ぬことを願っている様に見えた。ハルオは、おかあさんと別れた後おかあさんの勧めで小千谷にも寄って来た。おかあさんの実家は小千谷駅近くにあった。甥っ子さんが寿司屋を経営し、その同じ通りにおかあさんの幼馴染みが住む金物屋があって両方訪ねた。幼馴染みの方はご健在で写真も撮ることが出来た。

『おかあさん、これから手紙を定期的に送っていい?』そうハルオはおかあさんに尋ねると承知してくれたのでその後迷惑にならない様に気を使いながら手紙(葉書)を送った。しかしおかあさんはそれから3ヶ月後に帰らぬ人になってしまった。

おかあさんのご冥福を心からお祈り致します。
長い間本当にありがとうございました。
安らかにお眠り下さいね。


2014年2月21日(金)    ハルオ

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Monday 10 February 2014

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坐禅会は、禅寺の都合で休みだった。ハルオも仕事があるので禅寺に行けなかった。茶畑庵から東名御殿場への道のりは非常に険しかった。それは相当の量の雪が道に残っていたからだ。速度30km/h、2〜3速で走行。ハルオはいつもの道ではなくR246に迂回するべきだったと悔やんだが後の祭りだった。今日の撮影地は茨城県。集合は常磐線佐貫駅に12:30。幸いにもいつもの様に早め早めに動いていたし東名も順調でバスは新宿駅に着いてくれた。時間を潰すためにオフィスに向かう。コーヒーを淹れて時間調整するハルオ。当然オフィスには朝早く誰もいない。30分ほどして水道橋駅から秋葉原駅に移動し乗り換えて日暮里駅まで。日暮里駅で常磐線に更に乗り換えて延々佐貫駅まで向かう。松戸駅で電車が停まると人身事故のアナウンスが聞こえた。駅で一時待機。不安がよぎる。誰かが飛び込み自殺でもしたんだろうか?もちろん自分の集合時間も心配した。しかしこんな時は不平不満を言わずほんの数秒でも事故に大事がないことを祈ろう。いつ我が身かもしれないんだ。まもなく電車は運転再開をし集合時間に間に合った。

12:30、スタッフと合流し撮影地にバスで向かう。ここ茨城県でも雪が静岡東京と同様に降った様だ。道の路面は雪解け水で濡れていて光の反射が綺麗だった。道の両サイドは田んぼが続いた。いつもと違う風景があった。それから10分ほどで撮影地に到着した。今日の撮影は2件。まずは、VIPのポートレイトだった。インタビュー後撮影スタート。VIPは小柄な方だったが姿勢が非常に素晴らしくこちらの要望にも気持ち良く答えて頂いたのでほどなく撮影終了。時間は2:30あたり。次の撮影地は、場所が変わり南越谷駅までスタッフと共に移動する。撮影は、7時からだったのでまた駅近くで時間を潰す。ファミレスに入った。客の入りに対して従業員が少なく席が空いているのに入り口で席の準備を待った。4人のスタッフ全員ドリンクバーを注文。ハルオは、カプチーノとファンタメロンを飲む。昨年から抱えているこの仕事もあともう少しで終わりが見える。気を抜かずに着実に撮影をこなしたいと思うハルオ。

2番目の撮影地までタクシーで移動。ここでもポートレイトを撮る。今日2件の撮影はインタビューが先に組まれその後撮影という順番でインタビューが終るまでスタッフと撮影のフレーミングを決めていた。その時だった。ハルオのiPhoneに電話が鳴った。仕事中は電話には出ないことにしているが送信先の名前を見たら電話に出ない訳にはいかなかった。「おかあさんからだ!」ハルオはそう心の中で言い電話に出た。するとおかあさんからではなくMさんからだった。Mさんは、おかあさんの亡くなった息子さんの奥さんでおかあさんの面倒を見ている人。僕が先日送ったハガキを見て電話したと言う。悲報は突然にやって来た。

おかあさんが死んだ。
おかあさんは、1月9日 午後10時4分に永眠した。

亡くなってすぐMさんはハルオに電話したと言ったがハルオは知らなかった。留守番電話にメッセージを残したと言ったがハルオのiPhoneには履歴は残っておらず、しかもハルオのiPhoneは留守番電話設定をしていない。Mさんは、きっと他の誰かの電話番号にメッセージを残したんだろう。

ハルオは、気を取り直して仕事に戻った。スタッフにはおかあさんの悲報は伝えていない。仕事には全く関係ないからだ。ポートレイト撮影は上手くいった。撮影後は、また南越谷駅までタクシーで戻り武蔵野線→京浜東北線→埼京線に乗り換えて新宿まで移動。バス乗車時間までのほんの少しの間にささっと『Today's Fashion』の撮影を済ませハルオは、9:30のバスに乗った。

11時過ぎ、東名御殿場にバスが到着すると雪は止んでいて路面も乾いていたので朝来た道を通り茶畑庵に戻る。仏壇に手を合わせおかあさんのご冥福を祈った。そして即効布団に入って寝ることにした。明日も早い。

おかあさんが死んだ。享年93歳。
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Thursday 6 February 2014

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絵葉書をスキャンするのを忘れたので同じ作家の別の絵をここに貼る。
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Saturday 4 January 2014

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Saturday 16 November 2013

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Tuesday 29 October 2013

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おかあさんへ 2013.10.29

お元気ですか?
ボクは、先日愛知の実家に帰省しておかあさんの「自分史」を母に見せました。
母は、おかあさんの生き様をとても感心していました。
今日は、トミさんの写真を送ります。
とても元気にしていましたよ。
寒くなって来ました。暖かくして日々をすごして下さい。
又手紙書きます。

はるお
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Thursday 10 October 2013

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おかあさんへ 2013.10.10

ここ数日汗ばむ陽気が続いています。
いかがお過ごしですか?
今日は、おかあさんの「自分史」を送ります。
業者に頼んで製本し直しました。
又連絡します。

はるお
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Monday 7 October 2013

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