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Sunday 14 December 2014

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真観は、禅寺に行かなかった。

1日、パソコン作業。
もう慣れっこ。
朝、母に電話。先日の9日の「母の日」に忙しすぎて電話しそびれた。
30分ほど話す。母、元気。真観の体調を気にしていた。
体調は、お陰様で崩していない。
今日は、11日撮影した幕張の仕事の写真のセレクト。
7時までにヤマト運輸のサービスセンターへセレクトしたTIFFデータの発送手続き。
ヨドバシカメラから4TBの外付けHDD届く。
早速バックアップ様に使う。

写真は、やはり11日に立ち寄った丸ビルのクリスマスデコレーション。
今年もクリスマスは真観にはやってきそうもない。
キャイ〜ン!
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by helloharuo | 2014-12-14 23:55 | MY MOTHER
Sunday 9 November 2014

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真観は、禅寺に行った。
参禅者は、日曜日だと言うのに真観の他に1人しかいなかった。それはどうもご住職が座禅会と書いてある木札を玄関に掲げ忘れたからだと座禅会の後別れ際に知った。今朝は雨が降っていた。

小千谷のお母さんの喪中ハガキが届いた。お母さんは、今年の正月に亡くなっている。真観は来年の年賀状は出すつもりでいる。

母の日だったので母に電話した。1時間半話した。今日は、真観が話題を振った。人とお付き合いの仕方など人間関係についてだった。年賀状の出し方にも母と話し合った。母と真観は似てる。真観は、母に似て来た。母は、師だ。

不動産から電話があったが大家と連絡が取れずカギがないと物件は見れないとの事。はい、了解しました。
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by helloharuo | 2014-11-09 23:59 | MY MOTHER
Friday 31 October 2014

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真観は、禅寺に行かなかった。
いつもの時間に目覚ましをして起きるのだがどうも布団から出れない真観だった。
夢を見た。悪さをしていた。結局その悪さは、バレた。
人を巻き添えにした。夢の中の真観は、良くなく思慮が足りない。

一昨日の母の小6の時のエピソードの不明点が気になったので母に電話した。

追記 2014.10.31
祖母が腸チフスで隔離入院している時、9つ上の母の姉は、付き添い看病をしていた。当時の病院では、家族が付き添うのが当たり前だったからだ。祖母が腸チフスになったのは、近所に住む親戚で「としま/たかのう」という方の息子2人が腸チフスにかかりその見舞いに行った後に感染。当時は、終戦直後、栄養失調も多く、駒場(こまんば)では腸チフスが蔓延していた。腸チフスにかかると熱が出て髪の毛がとろんとろんになってしまうそうだ。(後に「としま/たかのう」さんは、母の結婚時の頼まれ仲人になった)母の父、真観の祖父の茂さんは、4人兄弟の末っ子で上には姉が3人。当然長男である茂さんは、跡取りをする。「としま/たかのう」の「としま」という性は、恐らく母の祖母の旧姓。母が生まれた時、母の祖父母は既に他界。9つ上の叔母は、記憶あり。

茶畑庵引っ越しを考えている。
出来ればそうしたい。
第一の理由は、家賃を下げたいから。

ネットで調べた安い物件を実際に見に行ってみた。
良くもないが悪くもなかった。
一番の問題は、今ある荷物が全て収まらないと言う事だ。
現在のところ、まだまだ荷物は減らせられない。

友人のお父上の一周忌の写真をある「形」にしようと昨日から作業をしていたが一応終えた。後は少し寝かせて最終判断をしてGO!そして納品となる。暫くお待ち下さいませ。

来月、そして年末までに制作する作品はすでに決めてあり滞りなく制作を遂行したい。

安い物件はこれからも探す。
3DKで5万円以下が希望。

頑張れ!真観。


(ねずみは、まだ屋根裏に潜んでいる。ねずみホイホイに期待!)

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■今日の気になるニュース■
「チラっしゃいませ」が超ウケた!キャイ〜ン!
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by helloharuo | 2014-10-31 22:30 | MY MOTHER
Wednesday 29 October 2014

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真観は、禅寺へ行けなかった。

今日も写真の整理再開。
"裸"で保管していたiPhotoBOOKを全て一つずつケースに入れて保護した。少しかさ張る事になったがダメージを防げる。また100円ショップにお世話になった。

今日は、母の日だったので母に電話した。
帰省している間、真観は、そんなに沢山の時間を母と2人で過ごさなかった。
真観は、母の料理を三度が三度有り難く頂いた。

真観は、母に帰省中のお礼を言った。そして『お母さんは料理が好きなんだね。改めてそう思ったよ。知らなかった』とも。母が料理好きだと知らなかった真観。真観にとって母の料理は当たり前の事で「好きだから料理をする」とは思いも寄らなかった。

真観の一言で今回の電話は終始、母のトーク炸裂!1.5時間となってしまった。
母は、小学校6年生の頃の思い出を話した。

小学6年の時、母の母、真観の祖母が、腸チフスで安城厚生病院に入院した。(昭和21〜22年くらいだと思う)隔離室に入り約45日間入院した。その間、母は、一家の家事と農林学校に通う2人の兄のお弁当を作った。(2歳下の姉は幼過ぎる、9つ上の姉はどうしていたのか?/忘れた/また確認する)
農作業も頑張った。祖母は、畑の野菜の収穫は諦めていた。しかし、母は頑張った。天竺豆、小豆、分同豆、綿、、、全て収穫して南京袋に入れておいた。退院しそれを見た祖母は驚愕したそうだ。

昔は、盆と正月にお祭り時には来客が大勢来た。その来客を持て成さなければならない。母は、祖母を助けた。来客者たちは、『駒場(こまんば)の御馳走は綺麗だ。料理屋みたいだ』と言ったそうな。もみじの葉っぱを料理のあしらい使ったり野菜を花形に切ったり。母は、周りから「仕事師」と言われたそうだ。意味は、仕事が良く出来るという意味らしい。

『料理は、同時進行』と母。

母は、凄過ぎる!
非の打ち所がない。
真観は、真剣に母の人生を本にしたいと思う様になっている。
母は、自分の人生に自信を持っている。それは真観も頷ける。
(身内の事で恐縮だが)ちょっとその辺にはいない人だ。
恐るべし!母。

帰省時に観た映画「現代任侠史」をAmazonでチェックしカスタマーレビューも見てみると面白いコメントやり取りがあった。笑った。後者に軍配がある。分る!その気持ち。

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映画「現代任侠史」

追記 2014.10.31
祖母が腸チフスで隔離入院している時、9つ上の母の姉は、付き添い看病をしていた。
祖母が腸チフスになったのは、親戚で近所に住む「としまたかのう」という方の息子2人が腸チフスに掛かりその見舞いに行った後に感染。当時は、終戦直後、栄養失調も多く、駒場では腸チフスが蔓延していた。腸チフスに掛かると熱が出て髪の毛がとろんとろんになってしまうそう。「としまたかのう」さんは、母の結婚時の頼まれ仲人だった。母の父、真観の祖父の茂さんは、4人兄弟の末っ子で上には姉が3人。当然長男である茂さんは、跡取りをする。「としまたかのう」の「としま」という性は、恐らく母の祖母の旧姓。母が生まれた時、母の祖父母は既に他界。9つ上の叔母は、記憶あり。
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by helloharuo | 2014-10-29 19:41 | MY MOTHER
Monday 27 October 2014

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母の朝食3日目。
ランチは、カレーうどん。
写真を撮るのを忘れた。
母と2人で食べる。兄は寝ていた。
午後は母の部屋で母とおしゃべり。
夕食は、鶏の唐揚げと天ぷら。

母は、料理が好きなんだと再認識。

夕方6時実家を後にし静岡へ。
手土産にも鶏の唐揚げと天ぷら。車の中で鶏の唐揚げをつまみ食い。
1度コンビニに寄っただけでとにかく国道1号線をひた走る。
4時間半で裾野に着いた。これは記録だった。

今回の帰省、無事終了。
家族のありがたいさを再認識。
母の偉大さを再認識。
兄は、ゴーイングヒズウェイ。

母の朝のシルバーの仕事(公園のトイレ掃除)でのエピソードが印象的だった。
深夜、障害者用トイレで寝る浮浪者と会話した母。その浮浪者(男)は、若く、身寄りもなく失業していた。バイク事故で足を煩い、それが理由で勤めていた会社を追い出された様だ。
シルバーの本部からは浮浪者との接触は避けろとのお達し。
真観は、リトアニアの英雄、杉原千畝の事を例に出し何か出来る事をしたらどうかと母に言う。
(たまたまテレビでリトアニアの日本語学校の話を母と観ていたから)
それは時にはルール違反にもなるのだが、"はみだす"事は必要な時がある。
真観はその"はみだす"を大切にして来た。だから言う。
でも母には出来ないだろうなと真観は思った。
真観は、浮浪者の事が気になった。
その公園のすぐそばには祖父の建立した寺がある。
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by helloharuo | 2014-10-27 23:59 | MY MOTHER
Sunday 26 October 2014

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朝食の後、8時から真観が卒業した小学校で地域のふれあい運動会があった。
真観は、母と一緒に小学校へ自転車で向かい、母を撮影する。
この日の為に仕事用の一眼レフセットと望遠レンズを持参していた。
母は、球入れに参加。Yおばさんもやって来た。
真観は、写真も撮ったが動画も録った。
母のラジオ体操を録るなんて思いも寄らなかった。
後日、YouTubeにUPしようと思う。
Yおばさんは、足が悪い。
真観は、レジャーシートの平面に座っているのは気の毒と思い、1人実家に戻りガレージから木製の椅子を2脚引っ張り出して小学校まで運んだ。Yおばさんと母は喜んだ。
母は、参加予定ではなかったパン食い競争にも参加した。
運動会は、お昼に終了した。
小学校にある体育館は、取り壊しが決定したそうだ。
今日分った事だが体育館は、真観が生まれた年に建てたそうだ。

昼食は、先日真観がMから頂いたケーキを食べた。
真観は、一人では食べきれないからやはり実家に持参していた。
毎年誕生日会はどこかに外食に出掛けるが今年は真観の提案で実家で済ます事に。
午後、家族でスーパーマーケットに夕食の食材を買いに出掛けた。最初にお寿司コーナーでお寿司を買うか考えていると兄が『回転寿司に行った方が安い』と提案したのでスーパーマーケットでの買い物は簡単に済ませ、いつもの回転寿司に行った。母は、マグロをよく食べた。兄は、いつも変わり種のお寿司を食べる。

食事の後は、洋間でテレビ鑑賞。
しかしテレビも飽きて来たので兄と真観は、近くのレンタルDVD屋にで掛けた。
「花と竜」石原裕次郎+浅丘ルリ子「西鶴 好色一代女」田中絹代「現代任侠史」高倉健を借りる。
実家に戻って最初に観たのは、「現代任侠史」高倉健。相手役は梶芽衣子。やくざ映画の現代版だったがストーリー展開はオーソドックス。義理と人情。

はい、おやすみなさい。
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by helloharuo | 2014-10-26 23:59 | MY MOTHER
Saturday 25 October 2014

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母の朝食は、ボリューム満点!
午前中は、洋間でテレビを観ながら寛ぐ。
サスペンスドラマの再放送とか意外と好きな真観。
昼食は、母の得意な天津飯。
美味しく頂くが、お腹はそんなに減っていない。
しかし、食べる。

午後、兄と恒例のお買い物。リサイクルショップに行く。母にラジオをと思い兄と探したが適当な商品が見付からず断念。自分に洋服は買った。その後、電気量販店にも行ってラジオ探したがなし。インターネットで探す事にする。

夕食は、栗ごはんに母特製茶碗蒸しと野菜炒め。
またお腹はそんなに減っていないのに食べた。

その後、洋間でテレビを観ながら寛ぐ。
実家での時間はこの食事+テレビ鑑賞という組み合わせ多し。

深夜、兄と2人でお気に入りのラーメン屋へ。
各々ラーメンと餃子と1つずつと鉄板チャーハンを2人で分けた。

腹一杯食べれて幸せな事だ。
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by helloharuo | 2014-10-25 23:59 | MY MOTHER
Friday 24 October 2014

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真観は禅寺に行かなかった。
今日は、愛知に帰省する日。
兄との合同誕生日会の為。
午前中には出発したかったが出来ず午後2時に出発。
ガソリン満タン。
国道1号線ひた走り。
夜、8時実家に到着。
やはり6時間。
早速寄せ鍋で夕食。
母より、兄弟揃って誕生日祝いの手紙を貰う。
手紙は仏壇に供えた。
兄は、カップラーメンも見せて『どれでも食べていいよ』と真観に言った。
真観好みのチョイスだったのが嬉しかった。
洋間にてソファに寝転びテレビを観る。
家族団らんの時間なり。
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by helloharuo | 2014-10-24 23:59 | MY MOTHER
Wednesday 8 October 2014

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真観は、東京に行った。後期最初の授業だった。2人、欠席した。
その内の1人は、夏休みの課題が未提出だったが連絡はない。真観は、後期ボランティア面談をスタートさせる。今期の新しいアイディアであり挑戦でもあった。

授業が終り、職員室に行きタイムカードを押して帰ろうとした時1年生の女生徒が声を掛けて来た。
有志でZINEを制作しているという。廊下で立ち話をした。その女生徒はZINEを持っていて1冊、600円だという。真観は、迷わず買わせてもらった。真観は急いでいたので簡単にアドバイスをした。そのアドバイスの1つとして『1人で作った方がいいよ』と助言した。女生徒は『すでにそれを感じている』と言った。

真観は、急いで市ヶ谷駅まで行った。総武線は上下共人身事故で止まっていた。こんな時真観は不平を言わず祈る様にしている。誰かが死んだ。もしくは事故に遭った。仕方なく直ぐさま、真観は駅前でタクシーを拾った。タクシーの運転手に『1時47分までに東京駅に着きたい』と伝えた。幸い道は空いていた。

真観は、目標の時間少し前に東京駅に着いた。急いで新幹線のホームに向かった。新幹線は定刻通りに来て止まった。ホームで母を探した。母を見つけるまで数分掛かった。母は、少し不安げな顔をしていた。真観は、上京した母に会った。母は、7年振りの上京だった。前回は、真観の茶畑庵と写真展来訪だった。あれからもう7年の月日が過ぎたのだ。

母は、小さなハンドバッグ1つ提げていた。服装は薄着でもなく厚着でもなく。過ごしやすい秋で良かった。東京駅をの改札を出てランチを食べる事にした。八重洲南口地下街に移動した。何を食べるか迷った。最初お寿司を食べようと寿司屋を見つけたが立ち食い寿司屋だったのでお寿司は諦めた。ラーメン屋に入った。母は、店のメニューの写真を見てこれがいいと定番の醤油ラーメンを注文し、真観も同じものにしたが煮卵を加えた。母は、全部食べ切れなかった。母は、『少しあんた食べて』と自分の麺を真観の丼に入れた。真観は、自分のラーメンに入っていた煮卵を半分割って母と分けた。

食後、山手線に乗り渋谷駅へ移動。幸い座る事が出来た。渋谷駅に降りて1度外に出た。新玉川線に乗り換える為の地下に続く階段を見て母は見覚えがあると言った。渋谷駅は人、人、人でいっぱいだった。そして2人は駒沢大学駅まで移動した。何故か新玉川線は突風が吹く。渋谷駅でも駒沢大学駅でも。母は、不思議がった。女性たちはスカートを気にして押さえていた。

母は、母の9つ上の姉を訪ねに来た。もう10年以上会っていない。時折電話では話していた。その母の姉、真観の叔母は、自宅からほど近い病院に最近入院した。叔母は一人暮らしだった。次男坊が叔母の面倒を看ていると聞いていた。88歳になる叔母は老衰が理由で入院と叔母の次男坊、真観の従兄弟が教えてくれた。母が最近、叔母に電話していたが繋がらずやっとその次男坊がその一人暮らししていた叔母の家にたまたま居合わせた事で叔母の入院を知った。母は、叔母を心配し、上京する決心をしたのだ。

叔母の病室は、3階だった。叔母の病室はすぐ見つかったが叔母はいなかった。看護師に尋ねるとお手洗いだと言った。少し待った。

まもなく母は、叔母と再会した。叔母は最初誰だか分からない様だった。『顔が変わったかん?』と言った。そして叔母にとって予期せぬ突然の母の訪問を理解した。

真観は、母と叔母を2人きりにする為1度病院を出て近くの郵便局に向かった。英国のPに手紙を送る為だった。Pは、真観を彼が11月に主催するパーティーに誘っていたが真観は英国には行けない。理由は様々だった。だから御断りの手紙と写真を添えて送ったのだ。写真は、Pが5月に来日した時のもの。

郵便局は程よい距離にあった。行って帰って30分あまり。母は、お見舞いを長居をする気はない。真観は、郵便局から病院に戻り叔母の病室に向かった。病室は、4人部屋で全て老人だった。

真観が戻って来た時の母と叔母は打ち解けていた。母は、『叔母は涙を流した』と小声で言った。母は、来て良かったと実感していただろう。上京する前に母は、妹、真観のもう1人の叔母に意外な事を言われていた。『迷惑かも知れないよ』母は、『そんな事は絶対ない』と反論した。『姉妹で迷惑なんてあり得ない』と。叔母の心情は分からないが迷惑しているという雰囲気はそこにはなかった。真観の役目は上京した母のエスコートだけではなくオプションがあった。記念撮影だ。母もそれを願った。真観は、母に寝ている叔母の近くに顔を寄せる様に伝えた。撮影の為に寝ている叔母を煩わしたくなかった。

30分ほどで真観と母は、病院を後にした。そして真観は、病院の目の前にあるセブンイレブンに『用がある』と母に言い、一緒に入った。『今撮った写真をプリントして叔母さんに渡そう。今はこういう事が出来るんだ』と店内のマルチコピー機を使ってL版のプリントをした。1枚30円。真観は、5枚の写真をプリントした。母、叔母、もう1人の叔母、母の在所、在所近くに住む叔母に。真観は、ポストカードサイズを望んでいたがLサイズしかプリントは出来なかった。

プリントが終わると店を出て病院に戻りやれやれとベッドに寝ている叔母に写真を渡した。叔母にはこのスピードは理解出来ただろうか?一抹の不安はあるが叔母のベッドのサイドテーブルにその写真を置いて来た。

真観と母は、そのままとんぼ帰りする様にまた駒沢大学駅から渋谷駅に移動した。渋谷駅を出て真観は、『母にハチ公を観に行こう!』と母を誘った。当然だがハチ公は、目と鼻の先にある。真観たちがハチ公に行くとアジア系外国人がハチ公と記念撮影をしていた。ハチ公は、常に人気者だ。真観は、順番を待ち、母をハチ公の側に寄せた。真観はまた1枚だけ写真を撮った。母が真観のカメラに立つ時は必ず母はかしこまる。キリッした表情にキリッとした姿勢になる。

その後、山手線に乗って東京駅まで。途中2人が乗っていた山手線の車両の乗客が減ったので真観は、母との2ショットを撮る事を思いついた。いつものカメラ+卓上三脚を座っている反対側の座席に設置し素早くセルフタイマーで撮影した。真観はその写真を「Today's Fashion」に使おうと思った。東京駅に着くとタイミング良くすぐに出発する新幹線が待っていたが母は、『お土産を買いたい』と1本遅らせた。母は、お寺のYさんと兄カップルにお土産を買った。真観は母の買い物に付き合った。そして真観と母は、新幹線ホームに行った。新幹線ホームで出発を待機している新幹線の扉が開くまでは立ち話。真観は、兄に母の到着時間を携帯電話で知らせた。兄からはすぐに返信が来た。こういう時の家族の連携はとてもスムースだ。母は、新幹線に乗った。握手をして別れる真観。真観は、窓越しで母の写真を撮る。その姿は、愛らしかった。

母を見送った後、真観は、オフィスに向かった。UさんとCさんがいた。真観は、今日の出来事を2人に話すとCさんが『東京物語ですね』と言った。そうだな、確かに「(映画)東京物語」だ。『「真観の東京物語」と今日の日記のタイトルにしよう』真観は思った。Cさんは先にオフィスを出て、その後、Uさんと食事をしてから静岡に帰った。出来れば母に静岡にも寄って貰いたかったが母は日帰りを選んだ。8時過ぎ、母は、無事三河安城駅に到着し兄カップルと合流して『夕食を一緒に食べた』と電話があった。その電話があったのは真観がまだバスの中にいた時の事だった。

何ごとも一期一会。
母と叔母の対面も次回あるかないか。
母の上京も次回あるかないか。
そのモーメントを真観は、写真に収めた。
写真で出来る事、それが重要だ。
叔母の体調が回復します様に。
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by helloharuo | 2014-10-08 23:59 | MY MOTHER
Tuesday 7 October 2014

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今朝の坐禅会は行けなかった。
夜型生活が続いている。

写真の整理。
女性のポートフォリオブック2冊(1冊100ページ)が完成した。
プリントはまだ300枚近く残っている。
となると後3冊のポートフォリオブックが必要になる。
そこで考えた。
ポートフォリオブックを他のメーカーの廉価なブックにしよう。
じゃないと経費が嵩みすぎる!
ITO-YAのポートフォリオブックでまあまあのクオリティのブックがある。
それにする。
昨日今日完成させたブックに収めた写真をもう一度見直し今あるポートフォリオブック2冊をメインとしてITO-YAのブックをサブにしよう。
きっと上手く行く。
完成が楽しみ!!!

夕刻、母に電話した。
上京の準備は着々と出来ている様だ。
41分話した。
また真観の知らない驚愕な昔話が出て来た。
(1997年父が亡くなりN叔父が亡くなった葬式の時にF伯母が母に告げた件)
真観は母の気持ちに同調する。
そして諦める様に助言した。

学校の準備もした。
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by helloharuo | 2014-10-07 21:39 | MY MOTHER
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