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Saturday 4 October 2014

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愛ちゃん
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C君(留学生)
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Y本君
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A君(広島)


真観は、ゆっくり起きた。
睡眠をしっかり取ったら体調は少し回復した。
1日、仕事の写真の整理、自身の写真の整理をして過ごす。
温泉に行きたかったが諦めた。
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by helloharuo | 2014-10-04 12:17 | COLUMN
Friday 26 September 2014

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真観は、禅寺に行った。
いつもの時間に起きれなくて2炷目から参禅した。

今日も1日写真の整理とメンテナンス。
根気のいる作業。

今日おばあさんが茶畑庵にやって来た。
新興宗教(?)の紹介だった。
チラシを貰った。
どういう経緯で入信したんだろうか?
尋ねはしなかった。

母から電話があった。1時間14分話した。
真観が制作したお上人の写真集は大いに喜ばれているとの事。
画家の叔母も見て感心したそうな。
母、喜ぶ。
そして母の疑問に答える真観。
『50も過ぎて、80も過ぎてそういう人なんだから、どうして?はない。今現在で判断すべき』

偶数日だったが茶畑温泉には行かなかった。
1日置きだと贅沢過ぎる。4日置きにする。
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by helloharuo | 2014-09-26 23:59 | COLUMN
Tuesday 16 September 2014

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真観は禅寺に行かなかった。
昨夜、一度寝てから目が覚めてその後寝るのに時間が掛かったから。

昨日の事になるが、突然茶畑庵に来客があった。
S氏だった。
選挙の話だった。
立候補者も連れて来た。
その立候補者の男はまったく自分の意見は言わなかった。
真観と目を合わす事もなかった。
真観の清き一票を"付き合い"で汚したくない。
その男の何が良いと言うのだ?

討論会が望ましい。
立候補者全員を駅前とかに集めてそれぞれの意見を知りたい。
投票日が近くなると街宣カーでうるさくなる。
毎度毎度の事だ。
不正選挙だって最近は多いと聞く。

真観は、S氏に対して約束はしなかった。
真観は分かり易い人だ。
顔に『あなたのやってることは好きではないよ』と書いてあるはずだ。
それがS氏は判っているのか否か知らないが随分神経の太い人物だと思う。
もう勧誘は止めて欲しい。

真観はいつでもS氏に反論は言えるが堪忍袋の緒はまだ切れていない。


夜、茶畑温泉に行く。
温泉に入って露天で裸になり夜空見ながら寛げるというのは何とも贅沢なり。


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by helloharuo | 2014-09-16 23:59 | COLUMN
Wednesday 6 August 2014

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真観は禅寺に行けなかった。いつもの時間に目は覚ましたが起きれなかった。真観は8時に起きた。真観は思った。禅寺に行けなかったら他の方法で挽回しなければ元の木阿弥になってしまう。夕方真観は、久しぶりに茶畑庵坐禅を1炷した。そしていつものコースではないが同じ距離の散歩をした。やって良かった。気持ちが落ち着いた。東京から帰った次の日の坐禅会は行くのが中々難しい。でも改善すれば何かいい方法がある。精神力も大事だが段取りもかなり行動の助けとなる。『逆に言うと』真観はどちらかと言えばよくこの言い方をする。ただこの言葉の使い方には盲点がある。心理も見える。この言葉についてのツイートを随分前にTwitterで見つけてお気に入りにしていたので見直してみた。真観の仕事関係でこの言葉をいつも使う人がいる。まあ別に問題ないのだが上手く効果的に使いたい。昨日今日と絵葉書が届いた。ひとつは神谷可奈子の個展の案内。やっぱり個展の案内は絵葉書で貰いたい。行くに気になる。可奈子は"妹"なので絵葉書が来なくても一昨日の様に個展には行く様にしているが絵葉書が届いて安心した。真観は、可奈子の絵葉書はコレクションしている。もう一つはYちゃんからだった。先月だろうか?真観がYちゃんにPP&Mのライブ録音のCDを送って上げた。そのお礼はメール(メッセージ)でやり取りした時に貰ったのでもう済んでいることだったがやはりこうやってお礼の絵葉書が来ると嬉しいものである。暑中見舞いの絵葉書はこれで2通目。どちらも女性。夜は、とろろごはんを作って食べた。とろろごはん美味しかった。図書室から借りたDVDのコピーを試してみると出来た。Sさん喜んでくれるといいな。コピーが出来るのも真観の兄の御陰。兄貴ありがとう!
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by helloharuo | 2014-08-06 23:59 | COLUMN
Saturday 2 August 2014

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慶応03年01月18日(1867年02月22日) 生
昭和30年(1955年7月28日)没

明治22年 大日本帝国憲法発布
明治27年 日清戦争
明治37年 日露戦争
明治43年 大逆事件 日韓併合

大正03年 第一次世界大戦
大正12年 関東大震災
大正14年 治安維持法
大正15年 (明治、大正の雑誌、新聞の収集に全国を歩き回る=無抵抗の抵抗)

昭和06年 満州事変
昭和11年 2.26事件
昭和12年 日中戦争
昭和13年 国家総動員法
昭和16年 太平洋戦争

太平洋戦争中は国民服を着ず、わざとシルクハットとインバネスコートを着る。
幼少の頃、自分の家を焼かれる。
理由は、父親が人種差別に反対していたから。
関東大震災の時に大量の朝鮮人が虐殺された。
国のデマだったことを暴く。

大杉栄も関東大震災のドサクサの時、甘粕正彦によって暗殺される。
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by helloharuo | 2014-08-02 09:02 | COLUMN
Thursday 26 June 2014

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ヤジの内容に誤りあり。
どっちもどっちの茶番劇。
ふざけた売名行為だ。
泣く暇あったらその場で抗議してほしい。



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by helloharuo | 2014-06-26 23:40 | COLUMN
Saturday 12 April 2014

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真観は、禅寺に行った。今朝の提唱でご住職はいつも読経であげるお経の一つ「妙法蓮華観世音菩薩普門品偈」の和文訳からお経に説かれている意味を現代語に直して教えて下さった。いかに観音様が偉大な力があるか、確かに「妙法蓮華観世音菩薩普門品偈」にはこれでもかこれでもかと説かれているお経である。座禅とは観音の行。世の音を観る/観世音。ダライラマは観音様の化身。音を耳で聞いているのは観念。

後で調べてみたら「妙法蓮華観世音菩薩普門品偈」の中に「念彼観音力/ねんぴかんのんりき/彼の観音の力を念ぜば/観音さんの力を念じれば」の部分はお経の中に11回(多分)も登場した。

座禅中マスクをしているとくしゃみは出なかった。茶畑庵に戻ってから気を許してマスクをしないとたちまちくしゃみが始まる。ということは花粉症なのだ。花粉症ねぇ、真観はもう終わったと思っていたのに。天気は良く穏やかで暖かい。

閃きは突然やって来た。真観は急に思い立ち仕事部屋に3つある同じテーブルの一つを90度回転させた。今までは不動の位置にあったこのテーブル。渋谷時代から長〜く使っている。(渋谷時代はテーブルを積み上げていた)何がどう変わったかというと今まではLの字に使っていたのをパソコンチェアを囲む様にコの字にしたわけだ。このお陰でコックピットの様になった。何のコックピットだろうか?真観も分からない。でも男心はくすぐられた。かなりの気分転換にはなったが使いやすいかどうかは今は判断出来ない。パソコンチェアの肘掛けの延長に両サイドのテーブルのスペースがあるというのは新鮮だ。

「Portraits of Serbia」の編集はほぼ終わり。明日最後の詰めをしてアップロードに踏み切るつもり。間違えない様に念には念を。
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by helloharuo | 2014-04-12 18:18 | COLUMN
Wednesday 5 March 2014

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禅寺に行く。真観は読経の時もう少しいい声は出ないものかと思う。

石牟礼道子さんを調べる。Uさんは、文章がとても素晴らしいと絶賛していたが本を購入するのは避ける。買っておいて読んでいない本が多過ぎる。石牟礼さんを調べていると映像作家土本典昭さんを知る。水俣病のドキュメンタリー映画を撮り続けていた人だ。この方が水俣病に対して歩んで来た道は険しかっただろうと映像をすべて(1〜9話)観て痛感した。アート的な作品もいいが自分だったら土本さんと同じ道を選ぶと真観は思う。でも真観は、特に撮りたい対象がない。水俣病については昨年驚愕な事実を知った。真観は頷いた。

「死んだ魚を食べる乞食がカネせびりに来たな」
「腐った魚を食べるから汚い病気にかかる。伝染るから近づくな」
(株主総会で一株株主の患者達に)「庶民が何を言うか!」
「黙れ貧乏人が!」

ほとほと上下関係が嫌になる。真観はその昔MIXIにおいて「上下関係なんてクソ食らえ〜」というコミュニティページを作っていた。そこでは上下関係で嫌な思いを経験した人が書き込みをしていた。人を見下し自分を優位にさせる根源はなんだ?あ〜嫌だ。男女差別も嫌だ。日本の男で女に「おまえ」という人もアウト。そういう男友達は要らない。逆に女から「おまえ」と言われても怒ることは出来ないぞ。どんなに立派な人だと言われても偉ぶる人だとしたら幻滅してしまう。残念ながら地位や権力を持った人は殆どこれに当てはまる。男のくだらないプライドも好きではない。だから真観に尊敬出来る人が少ないのだ。この考え方は真観の幼少時代の経験と20代前半のアメリカ人との交際で徹底的に矛盾を知らされた。

ユージン・スミス
1972年1月、千葉県のチッソ五井工場を訪問した際に、交渉に来た患者や新聞記者たち約20名が会社側の雇った暴力団員に取り囲まれ、暴行を受ける事件が発生する[要出典]。スミスもカメラを壊された上、脊椎を折られ片目失明の重傷を負う。この事件でスミスは「患者さんたちの怒りや苦しみ、そして悔しさを自分のものとして感じられるようになった」と自らの苦しみを語った。その後『ライフ』1972年6月2日号に「排水管からたれながされる死」を発表し、大きな反響を得た。(Wikipediaより)

あのユージン・スミスがやくざに襲われたとは知らなかった。本当はやくざではなく暴力団だと思う。本当のやくざは義理と人情で生きていると思う。

一昨日、従姉妹のKちゃんに送ったおこしものが無事に届いた様だ。簡潔でも手紙を荷物と一緒に送るべきだったと後悔する。長年の癖がまだ直っていない。

「身体で覚える」全ての物事に通じる。真観そう思う。








♬「女は世界の奴隷か!」


女性は、世界の奴隷か、
はい、彼女は、それについて考えます。
女性は、世界の奴隷か、
それについて考える、それについての何か。

我々 は、彼女の顔とダンス彼女の塗料が、
場合は、彼女はスレーブ、彼女は私たちを愛していないと言うことができません。
彼女がいる場合、我々 は男にトラインの彼女は言う、
彼女をつけるしながら彼女が私たちの上にあることふりをします。

女性は、世界の奴隷か、
はい、彼女は、
私を信じていない場合は、あなたとしている 1 つをご覧ください。
女性は、奴隷の奴隷は、
ああ良いにええ、それについてそう叫ぶ !

我々 は彼女のクマし、私たちの子供を育てるが、
私たち彼女のフラットされて脂肪の古い母親編のまま。
私たち彼女の家彼女はべきである唯一の場所です教えて、
我々 は、彼女は私たちの友人にも世俗的なない文句を言うし、。

ああ、女性は、世界の黒人は、
はい、彼女は、
私を信じていない場合は、あなたとしている 1 つをご覧ください。
ああ、女性は、スレーブをスレーブには、
ええ、すべての権利。

それをヒット !

我々 は彼女の ev '' ry 日テレビで侮辱、
なぜ彼女は根性または自信を持っていないだろうか。
彼女は若いとき、自由に彼女の意志を殺す、
いないのでスマートに彼女をテリン '' ながらそのダムれて彼女のダウンを置きます。

まあ、女性は、世界の黒人
はい、彼女は、
私を信じていない場合は、あなたとしている 1 つをご覧ください。
女性は、スレーブ、スレーブには、
はい、彼女は、
もし信じるなら、我々 より良い、それについて悲鳴を上げるだろう !
ええと、ええと、ええと、ねえ、ねえ。

我々 は、彼女の顔とダンス彼女の塗料が、
我々 は、彼女の顔とダンス彼女の塗料が、
我々 は、彼女の顔とダンス彼女の塗料が、
我々 は、彼女の顔とダンス彼女の塗料が、
我々 は、彼女の顔とダンス彼女の塗料が、
我々 は、彼女の顔とダンス彼女の塗料が、
我々 は、彼女の顔とダンス彼女のペイントください。
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by helloharuo | 2014-03-05 22:45 | COLUMN
Sunday 2 February 2014

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以前撮影をしていた劇団の役者Mさんが先週亡くなり今日が告別式だった。その役者さんとは特に親しい間柄でもなかったが年賀状のやり取りを毎年していた。今年の年賀状は、相手が年賀状を送ってくれたら送り返すことにしたハルオだったが彼からの年賀状はなかった。6時20分東名御殿場発のバスに乗り東京へ向かう。新宿に着いたハルオは、時間の余裕があったのでオフィスへと移動した。オフィスで叔母の作品集のデータをネットで送信したかったのだがオフィスのiMacOSのバージョンをアップグレードする必要があることが判明。アップグレードには、Uさんの承認が必要で電話やメッセージを彼に送ったが日曜日の早朝なのか返事が無くハルオは諦めた。コーヒーを淹れて飲みしばらく寛いだ後ハルオは、新高円寺駅に向かった。告別式は⚪︎⚪︎⚪︎斎場だった。斎場に着くとMさんが所属していた劇団の団長さんが忙しなく参列者に対応されていた。顔見知りの役者さん、仕事関係者の方々と会釈するハルオ。参列者は次々と増えて行き300人近くになっていた。いやもっとかも知れない。告別式は1時間の予定で進んでいた。斎場の関係者は参列者の整理に追われ参列者もそれに粛粛と従った。お焼香を上げた後出棺を待っている間に「お久しぶりです」と声を掛けられた。G・デザイナーのYさんだった。本当に久しぶりだった。その後彼女と小声でMさんの事を偲びながら話をした。Mさんは、7月に胃ガンが発覚してからそのガンは他の臓器にも転移していて末期に入っていたと聞く。この半年間で急激に体調が悪化して亡くなったのだ。54歳だと聞く。最後のお別れでお棺の中のMさんの亡くなった顔を見た時ハルオは唖然とした。あまりの変わり様だった。出棺を見送った後ハルオは、そのYさんと一緒に新宿駅まで移動した。Yさんとこうして再会出来たのは、Mさんのお引き合せだろう。
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新宿に着いた後ヨドバシカメラに寄りカードリーダーを購入。データ送信をするにそのデータが入ったカードを読み込むカードリーダーを忘れたハルオ。以前から携行用にカードリーダーは必要だと感じていてその時がやって来た。読み込むスピードが早いカードリーダーは、3.000円前後したがハルオは、倹約を優先し1.000円以下のものにした。Uさんからやっと連絡が入りUさんもオフィスに行く予定があるというのでオフィスに向かった。オフィスにてiMacのOSのアップグレード→インストールには約1時間を要した。その間ハルオは、喪服代わりに着た黒系のスーツから普段着に着替えUさんとおしゃべりをした。普段着は、あえて明るい色を選んで持って来ていた。先ほどの告別式から気持ちの切り替えをしたのはこの時だった。今日のタイミングで叔母の作品集のデータ送信をしないと諸々の進行に支障をきたす。カードリーダーの忘れ、OSのアップグレード、Uさんの連絡滞り・・・またしても様々な問題が生じたが流れに逆らわず流れに任せる様に心がけるハルオ。データ送信も無事に終わりハルオは、また新宿へと向かった。
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九段下駅から新宿三丁目駅まで移動しその後は、歩いてNさん宅に向かった。今日は、Nさん主催の「牡蠣を食べる会」だった。会の開始から既に2時間が過ぎていた。ハルオは、Nさんに自分が遅れる状況説明を何度かメールで中間報告した。ハルオは、そういうケアを重んじていた。Nさん宅に着くと「牡蠣を食べる会」は宴たけなわで15人位の人が集まってワイワイやっていた。Nさんは、岡山出身で普通牡蠣というと広島を思い浮かべるが岡山も有名らしい。ベランダには、昨日獲れて送られて来た新鮮な牡蠣が一斗缶に詰まっていた。「牡蠣はいっぱいあります。沢山食べて下さい」Nさんは、そうハルオに言った。その昔ハルオは、生牡蠣をニューヨークで食べてあたって酷く辛い経験がある。今回の「牡蠣を食べる会」では生で食さず焼き牡蠣を中心に牡蠣フライ、牡蠣のバター焼き、牡蠣ご飯といったメニューだった。集まっていた方々で知っている人は、Nさんと映像会社に勤めるAさんくらいで後の人は殆ど初対面だった。この間の禅寺での摂心会でも同じ様なシチュエーションだったがハルオは、人の話を聞き頷き会話に加わった。ハルオは、お酒を飲んでいなかった。それは後から車の運転をするからだった。お酒を飲んでない分この人は、酔っぱらっているのか?元々こういう性格なのか?人見知りなのか?・・・と妙に冷静だった。パソコンを大型液晶テレビに繋げ誰のリクエストかYouTubeで80sの洋楽を流し始めその曲やバンドについての話題になって行く。肝心の牡蠣は立派な肉厚の牡蠣で美味しく頂く。Nさんの奥様はキッチンで牡蠣料理をせっせと作ってくれた。Nさんの奥様とは初対面ではなかったが話をするのは初めてに近く明るいその性格は好感が持てた。明るい女性はいい!
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窓の外が夕暮れになり、時間はあっという間に夜の8時になっていた。昼の1時から開催された「牡蠣を食べる会」は大成功でハルオが参加してからも5時間が過ぎようとしていたが帰る人は誰もいなかった。遅れて参加して早く退散するのは気が引けたがそうしないと明日の坐禅会に影響が出る。ハルオは8時半少し前にNさん宅を後にした。新宿駅まで歩ける距離だった。途中TSUTAYAで例の映画「アリスの恋」を借りようかとも思ったが諦めた。9時05分発のバスに乗る。ほぼ満席だった。日曜日ということもある。茶畑庵に着いたのは11時すこし過ぎ。ハルオは、即効服を着替えて布団に入った。毎朝の坐禅会のことを考えると東京での滞在は、9時、出来れば8時半までとしたいなと思うハルオだった。

Mさんのご冥福をお祈りします。
お世話になりました。どうもありがとうございました。
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by helloharuo | 2014-02-02 23:59 | COLUMN
Wednesday 22 January 2014

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坐禅会に行く時間と学校に行く時間はほぼ同じ早朝5時。昨年3月坐禅を始める時にハルオは、考えた。坐禅も良し、そして坐禅を習慣付けて夜型生活を朝型生活に切り替えようと。学校の授業をもっと大切に組んで行こうと。それまでのハルオは、長年夜型生活をしていた。深夜2時、3時は当たり前だった。東京の学校の授業スタートは、朝9:20から。その時間に間に合う為には、御殿場から出発する高速バスを朝6:20の始発に乗らなければならなかった。

今朝は、昨日と同じく禅寺の都合で坐禅会は、お休み。今年に入って増々坐禅修行に取組もうと決意したハルオは、のっぴきならない理由がない限り坐禅会に毎朝参加することを義務づける様にしていた。しかし今日は、坐禅会も休みで学校もあった。茶畑庵から車に乗って御殿場まで進むと雪舞っていた。裾野と御殿場間では、断然御殿場の方が標高高いので雪が降り易い。ハルオは、慎重にドライブをした。道路が凍結したり雪で視界が覆われたりするからだ。
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ハルオは、5:50の高速バスに乗った。昨年秋頃からダイヤ改正があり始発は、6:20から30分繰り上げられていた。余裕を持って東京に行かないといつ何時東名高速内で事故や渋滞に巻き込まれ予定時間を狂わされるのを防ぐ為だった。今朝は順調に進みバスは、7:30すぎに新宿に到着した。ハルオは、時間つぶしにマクドナルドに入ってコーヒーとソーセージマフィンを注文し喫煙席を選んでカウンター席に座った。窓の外は、左右に忙しなく人々が歩いていた。この時ハルオは、気付いた。ポケットWIFIの電源部を忘れたことを。それがないとリチャージが出来ないからバッテリーが1日持たない。いつもならインターネットをして時間を潰すハルオだったがWIFIの電源を切って読書に切り替えた。今ハルオが読んでいる本は、「参禅入門」大森曹玄著。1964年、ハルオが生まれた年に出版されたこの本は、読書が苦手なハルオにも読み易い本だった。

新宿駅から市ヶ谷駅まで総武線を使って市ヶ谷の学校まで、電車はいつも混んではいない。学校に着くとジャックダニエルのウィスキーをパロッた音楽イベントの張り紙がエレベーターの横に見た。ハルオは、以前レギュラーで仕事をしていた雑誌を思い出した。今日の授業は、いつもと違い合同プレゼンテーションの日だった。卒業制作を終えた生徒の作品を生徒1人1人プレゼンして行く。プレゼンテーションの会場となる教室に入ると生徒の数は少ない印象を受けた。ハルオは、中央の一番奥の席に座った。それには理由があった。自分の生徒がプレゼンをしたら記録として動画を録りたかったからだ。用意してあった三脚をキャリーバッグから取り出しカメラをセットしようとするとハルオは、又やってしまったと後悔した。三脚のクイックシューを忘れてしまった。静岡と東京の行き来を5年間続けているハルオだがいつも何かしら忘れ物をする自分が嫌だった。にも拘らずまたその過ちを犯してしまった。ただ過ちと言っても旅にトラブルは付き物でそのトラブルをどう知恵を働かせるというのも大事だなと1人納得して済ますハルオもいる。今回は、三脚の上にカメラを置いて手で落下を押さえる様にすることにした。16人の生徒が次々と指名されプレゼンテーションを行った。同世代の女性のポートレイト、卒業後移住する母島の生活のドキュメント、台湾からの留学生は、台湾の古い町並みを撮り、宮崎県の口蹄疫問題で29万頭の牛や豚が殺傷された地元を撮った生徒、巨大物が怖いとその巨大物たる建築物を撮った作品、、、、、様々な作品が紹介された。このプレゼンを真摯に受け止めプレゼン内容の紙に書いて来てる生徒もいれば行き当たりばったりでプレゼンする生徒もいる。後者の方が多く感じた。ハルオは、少しばかりそれで気分が悪かった。そしてハルオにも生徒から意見を求められてハルオは、答えた。「考えること、感じること、その意識を忘れないこと」ハルオは、そうメッセージを送った。メッセージを送っても生徒に受信機がなければ受信ことが出来ない。受信機がなくても時にはメッセージを送り続けることは大切だとハルオは、過去の経験から知っていた。ただハルオは、自分にその資格があるのだろうか?とも自問しながら。
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学校が終ると急いでハルオは、市ヶ谷駅に小走りで向かった。今日は、Uさんのお母さんの告別式だった。告別式の会場は、大森駅からタクシーで10分ほどの臨海斎場だった。ハルオは、急ぐとろくなことがなかった。電車に乗り次は飯田橋駅と知った瞬間「あれれ逆方向?」と乗る方向を間違えたと勘違いをして飯田橋駅で下車。そして逆方向の電車にまた乗った。そしてまた実は間違えていなかったと気付き四谷駅で降りてまた最初の方向の電車に乗車。それは、自分が水道橋駅から乗っていると思ったからだった。水道橋駅には、ハルオのオフィスがありその習慣が仇となった。御陰で臨海斎場までの道のりは遠のいた。大森駅に着いたらまずはバスに乗ろうと考えていたがこのタイムロスとバスの時刻表をネットで見たらバスがこの時間運行していないと知る。タクシーしか手段はないと悟りタクシーに急いで乗り込む。

斎場に到着した時は、告別式の全ての行事が終わっていた。ハルオは、遺影の前で手を合わせて故人のご冥福を祈った。その遺影は、ハルオが撮影した写真だった。昨年Uさんの姪っ子さんが結婚をされた時ハルオは撮影を担当した。その結婚式にUさんのお母さんも参列していた。向き合ってのポートレイトではなくあくまでもスナップショットだったので目線は横を向いていたが遺影の写真として評判が良かった。やはり昨年ハルオの友人のお父上が亡くなりその時も以前ハルオが撮った写真が遺影に使われ、その友人から「ハルオ君は、遺影写真家になれる」と言われていた。奇しくもその機会がまたやって来てしまった。ハルオは、自分が撮影した写真が人の役に立つのなら本望と心の中で思っていた。斎場を後にしUさんとそのお姉さんと3人でタクシーに乗りUさんと故人が一緒に暮らしていた自宅へと移動する。
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UさんとUさんのお姉さんとハルオの3人でタクシーに乗りUさんと故人が一緒に暮らしていた自宅へ移動した。蒲田駅から近いその家に入ると窓の外には、地元の高校が見えた。ハルオとUさんの交流は、20年近くになるがUさんの家には初めて訪れた。つい先日まで故人が使っていた4.5畳の和室には、仏壇があった。斎場の係員が僕らの後から間もなくやって来てお骨と遺影が棚台の上に置かれた。ハルオは、再度故人の冥福を祈った。Uさんは、読書家で本棚にはハルオには縁のなさそうな本がぎっしり並べられていた。UさんもUさんのお姉さんもいつも変わりない表情で告別式の後始末をしていた。僕は、告別式の参列者に用意されたお弁当をソファに座りながら頂いた。この家には、ニーチェという名の雄猫がいる。この猫の話もUさんから何度となく聞いていた。ニーチェは、来客であるハルオを警戒してかあまり姿を見せなかった。コーヒーを飲みながら故人を偲んで思い出話をしたりUさんの少年、学生時代の古いフォトアルバムを見せてもらった。Uさんの大学時代の写真は見た事があったがその前のUさんの在りし日の姿を見たのも初めてだった。ハルオは、もしもUさんが同級生だったらどんな関係になっていたのだろうかと想像していた。悪ガキでもなく、優等生という雰囲気でもなく、生意気そうでもなかった。同じソファに座っていたUさんがニーチェをあやしているとハルオは、ニーチェを自分の膝に引き寄せてみると意外と大人しくしていた。そのニーチェにUさんは驚きiPhoneで写真を何枚か撮った。夕方5時になりハルオは、次の予定、歯医者に行けなければならなかった。Uさんは、ハルオを鎌田駅まで見送ってくれた。
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ハルオは、京浜東北線で鎌田駅から品川駅まで移動した。川崎駅は、ハルオが昔付き合っていた女の子との思い出がある駅だった。あの子は、どうしているのだろうか?会いたいなと思った。そして山手線に乗り換え渋谷駅に行き、更に井の頭線に乗り換え三鷹台駅まで移動した。ハルオは、静岡に移住してからもこの三鷹台にある歯医者に通っている。ハルオは、その歯医者と信頼していた。今回あの治療は、右の奥歯の詰め物が外れてしまったからだった。治療はすぐに終ってしまい時間の予約をして新宿へと向かう。8時発の高速バスになんとか間に合いハルオは、いつもの様に後ろの方の席に落ち着いた。このバスは、超特急便で通常の特急便よりも殆どのバス停を飛ばすので時間が若干乗車時間が短く今夜のバスは順調に東名御殿場バス停に着いた。
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バスから降りて駐車場まで移動したハルオは、いつもの「Today's Fashion」の撮影をすることにした。ストロボを使わずに駐車場の灯りと高感度ISOの組み合わせで撮る。カメラは、駐車場に駐輪してあった誰かの自転車のサドルの上に設置しセルフタイマーを使って10秒後に3枚が撮れる設定にして3回繰り返した。ハルオの愛車のアーティ21スペシャルのフロントガラスは、凍り付いていた。間スプレーの解氷剤を窓に吹き付け、暫くして車を走らせた。

茶畑庵に着く前にスーパーマーケットに寄りタイムオーバーで半額になった焼き鳥や刺身を夕食に買う。茶畑庵も冷えきっていた。ハルオは、1週間前Uさんから分けてもらっていた遺影用の写真をフォトフレームに入れてあったので仏壇の横に置き鈴を鳴らしてもう一度手を合わせて故人の冥福を祈った。
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by helloharuo | 2014-01-22 23:55 | COLUMN
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